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2006.02.28

簡単に号泣しないで!!

 ここ数年、「号泣」という言葉を耳にすることが多くなった。
 私は「号泣」するほどの深い悲しみって、親が死んだ時くらいしか訪れないだろうと思っていたため、別の意味があるのかと思い、念のため辞書をひいてみた。

 「大声を上げて泣くこと。(広辞苑)」、「(ふだんは泣かない大の男が)天にも届けとばかりに悲しみ泣くこと(新明解国語事典)」とある。また、「朝日新聞の用語の手引き」でも、「慟哭(どうこく)=号泣、泣き叫ぶ」としており、いずれも私の理解に近いことがわかった。

 では、「人前で派手な感情表現は控える」のを美徳としてきた日本人が、どうして、いとも簡単に号泣するようになったのか?

 「号泣」をYahooやGoogleで検索してみると、約3,190,000件のヒット中最も多かったのは、ご想像のとおり「号泣する準備はできていた(江國香織著)」関連のサイトやブログ。それ以外は、「通勤電車で読んだ本に号泣」とか「ラストシーンは号泣もの」、あるいは「荒川静香の金に全国民が号泣」と、周りに迷惑な描写が並んでいる。それに、私は荒川選手に鼻の下を伸ばしはしたが、号泣した覚えはない。

 慟哭のような意味で使われるならまだしも、「ひとり静かに号泣した」や「ランチがとても美味しくて思わず号泣♪」にいたっては全くの誤り、あるいは吉野家で「つゆだく」が欲しいわけではないが、「つゆだくで」って注文したかっただけみたいな、単に「号泣」という表現を使いたかったとしか思えない。
 しかも、号泣している人の大半が女性だから驚く。

 この誤用は、「号泣する準備〜」の発刊以後急速に進んだように思うが、マスコミが好んで乱用したことが決定的になった。

 どうか、今後とも物書きを飯の種にされている皆様におかれましては、日本人が大切にしてきた、きめ細やかな感情表現を守り育むという立場を貫いていただきたく、ここに願いする次第です。

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